ぼくにとってアメリカは、先ずベースボールであった。古き良き大リーグ野球。1970年半ばには20万ドルの
レギュラーが普通にいた。ところが80年代に入ると選手の年俸が急激に高騰し始めた。いまやスターの年俸
は百倍の2千万万ドル。ヒット一本が一千万円だ。あんまりバカバカしくて、ぼくはもうメジャーを観ない。だが、
この異常でいびつな高騰は何だろう。

 本書はそんな初歩的な疑問を、いっぺんに吹き飛ばしてくれた。1981年に発足したレーガン政権あたりか
ら、アメリカ社会では貧富の格差が一気に拡大していくのだ。そうか、メジャーのカネ漁りはこの動きと軌を一
にするのか。「現在、アメリカ国民の総収入の97%を上位20%の富裕層が占める。国民の平均収入は約45
0万円で日本と同じ」とある。アメリカの人口が3億として、富裕でない2億4千万の年収は・・え?17万円?先
月号の中国じゃないんだぜ・・。

 民主党オバマの勝利から一ヶ月。本書は新しい大統領を待ち受けるアメリカのムチャクチャぶりを、社会の
内側から、等身大の目線でリポートしてくれている。とくに衝撃的なテーマは三つあって、「キリスト教」「経済」
「メディア」。ともかくスごい話がてんこ盛りだが、笑うに笑えない。ナゼって?だって、それらは日本の写し絵
だから。

 まずは宗教。アメリカ国民の何と3割はキリスト教原理主義者で、進化論を認めず(ホントかよ!)、地球温
暖化なんて無視し、中絶や同性愛の絶対反対を叫ぶ。このもう素朴な上にも素朴なやつらがあまりに多いか
ら、こいつらに支持された候補者が往々にして大統領に登りつめちゃう。避妊具を使うかどうかなんて、大統
領選で議論すべきことか? でも考えてみると、ここまで過激ではないけれど、日本にもやけに行動的な宗
教団体は存在するし、政治にも影響を与えてるよね。

 ついで経済。年収360万円の24才の若者に、ローン業界は2億円以上を貸し与えた。これがサブプライム
ローンのデタラメ貸し付けである。そりゃあ潰れるよ、こんなバランスじゃ。バブルははじけて金融不況。世界
が巻き込まれて、日本も大損したし、それは現在進行形である。虎の子の貯金をきれさっぱりなくした人、結
構いるでしょ。実はぼくもなんだ。しくしく。

 最後にメディア。これが本当は一番怖い。アメリカのジャーナリストは有名になって金を稼ぐためなら何でも
やる。露出度を上げようと、他人を口汚く、計算ずくで罵倒する。保守系のテレビ局は共和党に、リベラルは民
主党に食い込んでいるから、公平で客観的な報道なんて望めない。これに比べたら、日本のメディアはえらい。
たっぷり報酬を貰って「私たち庶民は」なんて言うけど、アメリカに比べれば全然ましである。もしも彼らがアメリ
カのようにマジで売名に走ったら。小泉純一郎の登場から、政治はすでに劇場型になってしまっている。メディア
までが受け狙いで「大本営発表」を再開したら。それを思うと心底おっかない。

 ハチャメチャなブッシュ政権の歴史的失政でアメリカ主導があらゆる分野で揺らいでる今、日本はいったい
どうするべきか。本書をよくよく読み返し、ここらで考え直すのも悪くない。

文藝春秋 2009年1月号